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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1318号 判決

控訴人 加藤利喜松

被控訴人 久力スイ 外二名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人久力スイは控訴人に対し別紙目録〈省略〉掲記(1) (2) の各土地につき昭和二四年八月二三日千棄地方法務局受付第三四〇四号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転登記手続をなすべし。

被控訴人吉川江津子及び同小柴昭男は控訴人に対し、控訴人が前項の仮登記に基く所有権移転登記手続をなすことにつき承諾をなすべし。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人等は、「原判決を取消す。千葉市要町六八番地宍倉勝十郎に対し、被控訴人久力スイは別紙目録掲記(1) 及び(2) の各土地につき昭和二四年八月二三日千葉地方法務局受付第三四〇四号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転登記手続を、被控訴人吉川江津子は右(1) の土地につき昭和二六年七月一〇日同法務局受付第四五三〇号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続を、被控訴人小柴昭男は右(2) の土地につき同日同法務局受付第四五三一号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をそれぞれなすべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決、仮りに右請求が認容されないときは「原判決を変更する。控訴人に対し、被控訴人久力スイは右(1) 、(2) の各土地につき昭和二四年八月二三日同法務局受付第三、四〇四号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転登記手続を、被控訴人吉川江津子は右(1) の土地につき昭和二六年七月一〇日同法務局受付第四、五三〇号をもつてした、所有権取得登記の抹消登記手続を、被控訴人小柴昭男は右(2) の土地につき同日同法務局受付第四五三一号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続を、それぞれなすべし。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人等は、「本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求はいずれも棄却する。控訴の費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張及び証拠の関係は、控訴代理人等において「一、別紙目録掲記(1) 、(2) の各土地(以下本件土地という。)の所有権は一旦被控訴人久力から訴外宍倉勝十郎に移転し、次いで同訴外人から訴外滝沢セノを経て控訴人に移転されたものである。而して登記簿上、右各土地につき右訴外宍倉のため所有権移転請求権保全の仮登記がなされたのち、原判決理由に記載のごとく昭和二九年六月八日千葉地方法務局受付第五六九七号をもつて控訴人のため右仮登記移転の附記登記がなされているけれども、登記請求権は実体的権利変動の事実自体に基いて発生し、かつ登記簿上の表示はできる限り右実体的権利変動の過程に相応するごとくならしめられるべきであるから、訴外宍倉の右仮登記について右附記登記が経由されたとしても同訴外人の右仮登記に基く本登記請求権は何ら失わしめられるものでない。従つて控訴人は同訴外人に代位し被控訴人久力に対し、右仮登記を右訴外宍倉名義の本登記に改めること及びこれを前提として被控訴人吉川及び同小柴に対し右訴外宍倉のため右被控訴人両名の各所有権取得登記の抹消手続を求めるものである。二、仮りに右附記登記がなされたことにより、もはや訴外宍倉のため本登記手続を求めることができないとすれば、控訴人は、被控訴人久力に対し前記仮登記に基き控訴人のための所有権移転登記手続を、被控訴人吉川及び同小柴に対し控訴人のため同被控訴人両名の各所有権取得登記の抹消手続をそれぞれ求める。三、本件(1) 、(2) の土地は、原判決後、土地区劃整理事業の施行が完了してその地番及び坪数が変更され、別紙目録記載のとおりになつた。」と述べ〈証拠省略〉た外は、原判決事実摘示と同じであるから、ここに引用する。

理由

本件(1) 、(2) の土地がもと被控訴人久力スイの所有に属していたこと、これについて昭和二四年八月二三日千葉地方法務局受付第三、四〇四号をもつて訴外宍倉勝十郎のため売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことは当事者間に争がなく、右事実に証人植草松之助の第二回証言と鑑定人町田欣一の鑑定結果によりいずれも真正に成立したものと認めることができる甲第三及び六号証(この点に関する鑑定人遠藤恒儀の鑑定結果及び被控訴人久力スイ本人の供述は採用しない。)、右証人植草松之助の第一、二回証言、証人宍倉常雄の証言、証人宍倉勝十郎の原審及び当審における各証言、被控訴人久力スイ本人尋問の結果の一部並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると被控訴人久力は昭和二四年五月一九日訴外宍倉勝十郎から金五万円を弁済期同年六月一九日、利息月一割の定めで借受け、右利息を前払いして金四万五、〇〇〇円の交付をうけ、かつ右債務の担保のため本件(1) (2) の土地(但し当時は一筆の土地であつた。)を右訴外人に譲渡し、右債務を期限までに弁済しなければ担保権者において右土地を自由に処分しうべきことを約したこと、しかし同被控訴人は右期限に右債務を弁済できず同年六月二〇日に至つて同訴外人から更に金五、〇〇〇円の交付をうけ、これに前記債務をあわせて、同訴外人との間に元本金六万円、弁済期同年七月一九日利息は金五、〇〇〇円で前払いをしたこととするとの準消費貸借を結び、本件(1) 、(2) の土地について前同趣旨の譲渡担保契約を結んだことを認めることができ証人久力令司及び被控訴人久力スイ本人の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠と対照してにわかに信用しがたく、その他右認定を覆えすべき証拠はない。右認定事実に照し、その後右債務の弁済のあつたことにつき何んの主張、立証もないから右弁済期の経過により被控訴人久力の本件土地を取戻しうべき権利は失われ、右(1) 、(2) の土地は完全に訴外宍倉の所有に帰したものといわなければならない。

被控訴人等は、右譲渡担保契約当時、右(1) 、(2) の土地の価格は金六七万八、〇〇〇円であつたとし、右契約は被控訴人久力の窮迫、無経験などに乗じて結ばれたもので公序良俗に反して無効である旨主張するが、右物件の価格の点に関する証人久力令司及び被控訴人久力本人の各供述は採用しがたく、却つて鑑定人渡辺清一郎の鑑定結果によれば当時右(1) 、(2) の土地の価格は約一三万六、〇〇〇円(更地価格であると認められる。)であつたことが認められ、なお証人宍倉勝十郎の当審における証言、証人高山三次郎の証言及び控訴人本人尋問の結果から認められる。右譲渡担保契約後も右(1) 、(2) の土地が引続き被控訴人久力の占有におかれていた(同被控訴人において右地上に建物を建築所有していた。)との事実を斟酌すると、前記認定の被担保債権額及び契約内容に比して、右担保物の価格が著しく過大であつたとはいいがたいのみならず、右訴外宍倉勝十郎において被控訴人久力の窮迫、無経験などに乗じ過当な利得を収めようとしていたなどという事情は本件一切の証拠をもつてしても認めることができないから、被控訴人等の右抗弁は採用しない。

而して証人宍倉勝十郎の当審における証言により成立を認めることができる甲第八号証、右証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、訴外宍倉は前記のごとく昭和二四年八月二三日右(1) 、(2) の土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をなしたうえ、右各土地所有権を訴外滝沢セノを経て控訴人に譲渡し、控訴人は昭和二九年六月八日右各土地につき右所有権移転請求権保全の仮登記の移転の附記登記を経由したこと(右各登記の事実は当事者間に争がない。)が認められ、他方成立に争ない甲第一、二号証によれば訴外宍倉の右仮登記があつたのちの昭和二五年五月二四日右各土地につき被控訴人久力から本件弁論分離前の共同被控訴人基督兄弟団西千葉教会に対し、さらに昭和二六年七月一〇日右(1) の土地につき右基督兄弟団から被控訴人吉川にまた右(2) の土地につき同じく右基督兄弟団から被控訴人小柴に対し、それぞれ所有権移転登記がなされたことが認められる(以上の事実は控訴人と被控訴人吉川及び小柴との間においては争がない。)。

そこで控訴人の第一次的請求について判断するに、附記登記はそれが附記される既存の登記(主登記)の一部を変更し新たな登記として既存主登記を維持するものであり、右変更された範囲において既存主登記に表示の事項は存在しないことになるのであるから、仮登記にかかる権利が他に譲渡されその移転の附記登記がなされた場合には、その後該附記登記が抹消されない限り右仮登記に基く本登記請求権は右附記により変更された仮登記権利者にのみ属し右既存主登記の名義人には属さないものと解される。本件において、右(1) 、(2) の土地につき訴外宍倉のため仮登記がなされたのち、控訴人のために右仮登記移転の附記登記がなされたのであるから、右仮登記に基く本登記請求権はもはや訴外宍倉には属さないものであり、従つて右訴外人に右本登記請求権があることを前提とする、控訴人の第一次の各請求は失当である。

よつて控訴人の予備的請求について判断するに、この点につき被控訴人等は右請求の追加的変更は時機におくれたもので許されない旨主張するが、右請求の変更により訴訟の完結を著しく遅滞せしめる虞れはないから被控訴人等の右主張は排斥する。しかして控訴人において右訴外宍倉より右仮登記にかかる右各土地所有権を取得し、右仮登記移転の附記登記を了したこと前叙のとおりであるから、控訴人から被控訴人久力に対する右附記による仮登記に基く本登記手続を求める請求は理由がある。また被控訴人吉川及び同小柴は、控訴人の右仮登記より後順位の取得登記を経由した前記基督兄弟団西千葉教会より各所有権取得登記をうけたものであるところ、不動産登記法第一〇五条(昭和三五年三月三一日法律第一四号による改正)、第一四六条第一項の規定によれば、かかる場合右仮登記権利者は右後順位の所有権取得登記を有するものに対し、右仮登記に基づいて本登記をすることについての承諾を求め、これによつて右仮登記の本登記をなし、右後順位の所有権取得登記の抹消は、右本登記後、登記官吏の職権によつてなされる筋合にあるから、控訴人から被控訴人吉川及び同小柴に対して右各所有権取得登記の抹消登記を請求することは許されないが、右請求中には、結局抹消登記の目的を達する右の各承諾を求める請求が包含されており、これを認容しても控訴人の意思に反しないことは明らかであるから、控訴人から右被控訴人両名に対する請求は右限度でこれを認容すべきである。

然らば控訴人の第一次の各請求を棄却した原判決は正当であつて、これに対する控訴は理由がないが、当審において追加された右予備的の各請求は右のとおり理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担については、事情を考慮し民事訴訟法第九六条、第八九条、第九〇条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 元岡道雄 渡部保夫)

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